りょーたろーの思考

思考停止にならないために…

お葬式に行ってきた

伊丹十三DVDコレクション お葬式

まあ、そういうことなんですが、オレの伯父さん(母の兄)が亡くなってしまったため、参列してきました。伯父さんとの関係はさほど深いわけではないんだが、母親の兄弟の最年長の長男ということで、オレの結婚式で尺八を持参して出し物として轟かせてくれたなかなかナイスな人だ。

場所は、茨城の片田舎

下妻のちょい南のあたりで、いい感じに田舎です。当初代表で行ってくれってことだったので、直接行こうと思ってた。そうすると過去に取手に住んでたオレは、久々に常総線に揺られるのも悪くないな…なんて考えてた。
しかし実家の母親が車運転して一緒に載せて行ってくれってことだったので、オレの実家が千葉県野田市なんだけど、野田経由で車を拾っていった。野田から片側1車線の一般道をダラダラと1時間弱走り下妻の筑波サーキットの近くまで行くと葬儀会場です。
会場につくと久々にある親戚に挨拶します。母方の従兄弟はかなり久しぶりで、20年近くぶりくらいなので、おねいさんがババアになってて、おにいさんが中年のおっさんになってた。オレもおっさんになったと思われてるでしょう。


JAのセレモニーホール

オレの実家がある野田もそうなんだけど、田舎で畑とか多い地域はJA関係の施設はよく見かける。設備も綺麗で、オレの実家は農家でないがオレの親父のとき、祖母のとき、いずれも葬式はJAのセレモニーホールで行った。
今回の母の実家は今は農家でないが故人は農業をやっていたようで、JAのセレモニーホールで葬式を行うのは自然な流れなのかもしれない。っていうのもあるが、たぶんセレモニーホールはここ以外無いんじゃないかってくらい田舎なので、近場で考えるとどうやら選択肢もなさそうだ。
田舎のJAってうまくやってるよなぁと思う。保険や貯金とかもやってるし、田舎ではある程度は生涯のパートナー的存在なんでしょう。

葬儀が始まると、いきなり故人の写真で構成したスライドショーを見せてくれました。
JAっていうと固いイメージですが、結構工夫してていいと思います。オレの親父のときもやりたかった。これやると、実際に故人と久々にあった時が葬式だったって人には、故人がどんな人だったか思い出すのにすごくいいし、意外な一面も見れるしスクリーンとプロジェクターつければできるんだから、グッドアイデアだと思います。

天台宗

らしいです。あんまり宗教は詳しくないけど、聞いたことはあります。
自分も親父の葬儀に関わって知ったんですが、戒名がえらい長いです。たぶん最上級クラスの戒名なんでしょう。
ウチの浄土宗との違いもよくわかりません。基本的な坊さんがお経を読んで頂き、みんなで焼香するというよくある一般的なスタイルです。
一通り焼香が終わると、初七日です。ちょっと疲れますが、再度焼香する。お経もたまに聞く分にはなんとも心地よい響きです。周りは寝てる人もいるけど、瞑想ということにします。


葬式というものに対するオレの変化

オレが子どもの頃の葬式の思いってのは、「かったるい」の一言でかたづいたんだが、歳も40近くともなると捉え方が大分変わってきた。「別れの儀式」ってことでしょうか。ごく当たり前のことなんですが、これをやらないとひとつの区切りがつかない。なんかどっか遠くでまだ生きていて、「よう!久しぶり」なんてま会えるような気になってしまうんですよね。
義理という側面では香典出して終わりってこともあるでしょうが、やはり生前会って良くしてもらった人には、ちゃんと葬式に出席して別れを消化すべきだと改めて思うようになったし、本質的な葬式の意味もわかってきたんだと思う。
あと、久しぶりの親戚に会える。これも重要だと思います。

最後の退場の時に故人のカラオケの生テープをBGMにするあたり、独特の空気の中、泣くべきか笑うべきなのか非常に悩んだ。けど、いいと思います。きっと故人のキャラクターなんでしょう。



そんな訳で最近は結婚式よりも葬式に出席することが多くなってきているんだけど、なんかそういう歳になってきたんだなぁということなんだと思った。
オレも人生残り少ないぞーっと。