りょーたろーの思考

思考停止にならないために…

親孝行は親のためにするのではなく自分のためなんだと気づいた

先日は父の日でした。
母の日ほどの盛り上がりはないにしろ、それなりに街中やインターネットショッピングサイトでは「父の日ギフト」なんて言葉を目にする。

オレも一応5児の父であるが、何かもらえるんじゃないかなんて期待は特にしてない。オレの中で父の日とはバレンタインみたいな商業イベントの一つという認識だからだ。

で、一方オレの父(実父)はというと、約3年前に他界してしまった。

そのため父の日だからと言ってプレゼントするあても今となってはない。(義父はいるけどまあヨメ主導なので…)
まだ生きてた頃には何回かきまぐれに父の日ギフトをプレゼントした覚えがある。
これは毎年あげてたわけではなく、完全にオレのきまぐれだった。

何もあげずに過ぎた年は、なんかあげればよかったかなぁ…なんてよく思ってた。
何をもって親孝行というのかって話はあるが、そんな恩返し的なプレゼントも親孝行のひとつなのかもしれない。

かといってもらった方というのはうれしいのはうれしいだろうが、親孝行されてるなーオレ、なんてことや、これが親孝行なのか、親孝行な息子だな。なんてことはいちいち考えない。
親からしてみれば元気で楽しく人生送ってもらえれば、それが一番の願いなはずだ。

それをもって親孝行とするのならばだ、親孝行とは、してもらうものではなくするもの。親孝行する側の勝手な考え方なんだと思った。特に親父が死んでからは感じた経験からもこの考え方に確信が持てた。

社会人になって家を出てからは、オレはもっと親父と遊んでおけばよかった。触れ合っておけば良かった。コミュニケーションをたくさん取っていれば良かった。何でもいいので好きそうなもんでも買ってあげれば良かった。
今更ではあるが、ささやかに後悔してるのだった。

オレの5人の子供たちよ…

おまいら、後悔しないようにたっぷりオレに親孝行しとけよ。
親孝行とは親のためにするのではなく自分のためにするもんだからな。
ただオレはおまいらが元気に楽しくやってくれればそれでいい。
オレもこの先同じように元気に楽しくやっていくつもりだ。