りょーたろーの思考

思考停止にならないために…

築地じゃねえ!20年前の原宿で目撃した吉野家の裏メニューとは

牛丼屋界隈にはオレを含め家族はかなりの頻度でお世話になってます。牛丼屋さんで「ごちそうさま」は言う派ですが、どちらかと言うと低所得層に属するオレです。
あえてこの「不必要なごちそうさま」を言う理由とは、オレに限って言えば、その後の店員さんからの「ありがとうございました」が、聞きたいだけにほかならない。なので後払いの吉野家では「ありがとうございました」を言われるスキームになってるけど、松屋とか食券前払いの店なんかだと、わざわざ店員さんが近くに来たのを見計らって「ごちそうさま」って言って帰ったりします。
何これ、小心者なのか、これまた承認欲求か…まあ、それはいい。

そんで、この前牛丼弁当買いに吉野家行ったときに、「アタマの大盛」とかいうメニューを見かけて20年来の謎が解けた話。

1990年代前半(約20年前)

だいたい高校生くらいのときの話。
千葉県北西部、要は野田市に住んでたオレは、週末になると都内によく繰り出してた。
JR幹線は常磐線なので、北の玄関口(死語か?)の上野、或いは御徒町などのアメ横界隈でブラブラ遊ぶことが多かったが、ファッション雑誌の情報などをを元に渋谷原宿(もしくは代官山とか)まで足を伸ばすこともまあまああった。
で、メシでも食べようかっていう話になったりするんだけど、半分お登りさん状態のオレたちにとってはシャレオツなランチスポットの情報も、立ち振る舞い方も持ち合わせてない。適当に食いたいもん探して入るってことはあまりなくて、ファーストフードが盛り上がってた時代背景もあり、マックとかケンタッキー、そして吉野家がなんかだと地元でもかろうじて1店舗ぐらいはあったので都内に行った際も入りやすくてよく利用してた。

通ぶってた

当時、高校生という立場ながら、常連とまではいかないまでもそれなりに吉野家に通ってたオレたちは変に通ぶってたところがあった。
当時の吉野家は、メニューは基本的に牛丼か牛皿しかなく、あとは並とか大盛とかのサイズのチョイスしかなかった。
牛丼大盛、卵、味噌汁、お新香と頼み、食った後食器を重ねるときにお新香の容器を丼底に隠して計算されないようにしたり(当時は食器でお勘定計算されてものの、だいたい見つかってたが…)、或いはお新香にサラダ用のドレッシングだけ拝借してぶっかけて、「実はこれがお新香の一番うまい食べ方なんだ」なんて曰ってみたり…
しかし、それは結局内輪でしか通用しない話題だったし、通ぶっていること自体仲間内にしか通用してなかった。
どこからともなく風の噂で「つゆだく」という頼み方を知った時は、それこそ「つゆだく」ばっか頼んで食ってたりもした。

原宿は竹下通り

そんな青臭くもくだらない青春時代のある日、ことは起こった。週末、原宿まで足を伸ばしたとき、そんな食い慣れたいつもの吉野家原宿駅竹下口のすぐそばにあったので、牛丼でも食おうかとなったわけだ。
カウンターに座り大盛だか並だかに卵と味噌汁を付けていつものように牛丼をほうばっていると、向かいのカウンターに30代くらいの男が入店してきて、なんかわけのわからない注文を言い出した。

30代男:「おたまのおおもりねぎぬきつゆだくで」

その直後、牛丼を食いながら思わずオレと友人は目を見あわせて

(こいつナニイッテンダ???)

アイコンタクトで会話した。
するとそれを受けた店員はその注文に何の疑問も持たず牛丼を盛り付けてその客に提供したではないか。

(なにぃぃィー、奴が正しいってのか!奴が本物なのか!)


奴の牛丼は普通のそれではないはずだ。その配膳された牛丼の仕様を、現物を見たかった。見たくてたまらなかった。
しかし、いくら吉野家店内といえど原宿というアウェイの地で、人の食っている牛丼をまじまじ覗いて見るなんていうズーズーしい行為をする勇気を、オレたちは持ち合わせていなかった。
オレたちはその後店内での会話はなぜか一切無くなり、その奴が呪文のように発した言葉の意味について考えながら牛丼を食すことになってしまった。

なんとも言えない敗北感みたいな感情を抱きながら、牛丼を食い終わって店の外に出ると、あれは確かに注文だったということはわかるものの、それがどういう意味を成すのか解らずしばらく考えていた。

おおもりはわかる。ねぎぬきもタマネギ無しのことだろう。これくらいは少し考えればわかるレベルだ。

じゃあ最初のおたまのっていうのは何なんだ?
これだけが説明がつかない。「卵」のことかとも思ったが、奴の丼に卵らしきものは無かった。

おたま、おたま、おたま…

「おたま」ってなんやねん! 「おたま」わからん…

(分かった、オレらの負けだ。負けでいいからオレもその裏メニューみたいなの頼みてェ!)

しかし、意味もわからずドヤ顔でそんな注文して、店員に
「はぁ?」
とか、
「もう一度お願いします」
なんて言われた日には、その店員がいる時は自主的に出禁になってしまう。
まずは謎の意味を解くことを考えよう。

オレと友人は地元に帰るとその一部始終を、原宿に行ってきたときの武勇伝として仲間たちに語りつつ、同時にあの謎の注文メニューがどういう意味なのかを聞いてまわったが、わかる人間は誰一人いなかった。
インターネットもGoogle先生も無い時代だったし、童貞だった。



その後、一緒に原宿で牛丼を食った友人とも疎遠になり、そんな出来事も影を潜め忙しい日々が続いた。そして謎の牛丼注文方法の存在もいつの間にか忘れていった。


2013年秋

あれから時は流れ、オレは所帯持ちになった2013年のとある休日。先週はすき家だったんで今週は吉野家にしようぜ!! そんな流れでブランチに家族の牛丼弁当を買いに吉野家へ行った。その時たまたま目にした店内のポスターを見たときに20年前の敗北感に包まれたほろ苦い思い出が蘇った。

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「アタマの大盛」承ります

だとぉ!

「アタマのおおもり」

「あたまのおおもり」

たまのおおもり」


オレの脳内で謎に葬られていた点と点が線になった。

これだったのか…奴の注文した牛丼は…

(オレの中での)吉野家20年前の真実(まとめ)

  • 20年前から「アタマの大盛」は非公開ながら存在していた。
  • しかもそれは築地だけでなく原宿というミーハーな地域でも存在していて、店員も分かっていた。
  • オレは「アタマ」を「オタマ」と完全に聞き間違えていた。


それからもオレは「アタマの大盛ネギ抜きつゆだく」を未だに頼んでいない。
みんなが知ってるものに、もはや価値はない…


いや、そのうち食うと思います。